たった一人の公共交通機関

Katzu

2013年11月29日 17:31

 都市の現況調査をする時、ある先輩は必ず路線バスを利用した。
レンタカーやタクシーで必要経費は落とせたが、なぜ利用するか聞くと、逆に聞き返された。
『路線ルートと本数、利用状況、車との機関分担、公共公益施設の相互サービスの確認…』
というようなことを答えたと思う。
彼は、『バスからは街が良く見える。高い視点で、人も、生活も。
     一定走行なので距離感も、街の大きさもつかみやすい。』
なるほどと思った。
以来、同じことを海外でも続けている。



公共交通機関の重要性は、交通弱者の救済や渋滞対策としても有効で、都市交通計画の基本である。
車社会の到来と大型店舗の郊外進出で旧市街地が疲弊すると、それを結びつけるバス利用者も減った。

 現在、鉄道のない沖縄は、バス路線が200以上、路線バス会社は4社、観光バス会社は25社もある。
一見バス天国のようだが、実際の経営状況は厳しい。
空港との往復によく利用するが、終点の屋慶名、名護バスターミナルに近づくと、一人という場合も多い。
運転手も暇になり会話を始めたり、一人居るのも知らず通り過ぎ、操車場に向かいあわてたこともある。
運転手は『あ、いたのね』と返答した。

沖縄の交通特性は、年中行事が多く、観光客の増減に左右され、交通ピークが設定しづらい面がある。
観光客は、時間、価格、サービス面で優れたレンタカーを選択する。
戦後沖縄はアメリカ型の車社会を造ってきた。
復帰後も道路建設は潤沢な開発基金により、交通量の増加を背景に造り続けている。



 戦前の沖縄では、軽便鉄道が走っていた。
現在、各地ではLRTを始め、鉄軌道の再興を望む声が根強い。
名護でも、鉄道の新設を望む声が上がっている。
辺野古への基地移転の見返りとして、市長選の候補が公言している向きもあるが、
実質的なB/Cを考慮しない計画はいずれ破綻する。
箱物だけでは、交通システムと人の意識を変えない限り成就しないだろう。



日本のローカル線はさらに厳しい危機を迎えている。
夏に利用した島根県の三江線は国内有数の超閑散路線で、輸送密度は1日83人にすぎない。
さらに今年の大雨が追い打ちをかけ現在も代行運転が続いている。
通勤時間帯以外の車両は、限りなく一人に近い。
大抵その乗客は、『鉄ちゃん』と言われる鉄道マニアだけである。



 沖縄―鹿児島路線は、時間、価格、サービス面で飛行機が上回り、フェリーを利用する客は少ない。
那覇―福岡をLCC、福岡―鹿児島を高速バスというルートが最安値という変な時代になっている。
さらに離島航路のトカラ列島への村営フェリーとしまは、週2往復で孤島の生活を支えている。



 今夏、このフェリーで乗客たった一人という状況を経験した。
奄美大島接岸時には、前日からフェリー内に宿泊できるため、名瀬港に
マルエーフェリーで到着次第、運行を確認する暇もなく時間ぎりぎりに入船した。
13,000トンフェリーの200名船室にたった一人であった。夜は船員も休んだのか、
暗くエンジン音だけが響き、異様に沈んだ雰囲気だった。



台風接近で、小型船舶や観光客は名瀬に避難している状況で、離島に戻るものはいなかった。
フェリーは島の生活を維持する生命線でもあり、災害時の避難に欠かせないゆえに、
それを維持する会社と地元の労苦は計り知れない。
長距離交通機関の事業計画の難しさは、復路の定時運行を義務付けられる特質にある。



 30年前、乗客たった一人の航空機を経験したことがある。
ペルーのクスコ―リマ間の祭事のあとの復路便だった。
サービスも形式通りなのか、1対1のビンゴ大会が行われた。
アテンダントも数字を早口で読み上げ、こちらもわからなくなり寝たふりをした。
その後の世界中の航空業界を襲った破綻の連鎖を思うと、笑えない遠い昔の話になってしまった。

 一人だけの公共交通機関に乗るたびにいつも思う。

限られた地球の資源、増大する人と都市のエネルギー、少子高齢化、災害避難....、
これからの公共交通機関の充実は、都市部だけでなく地方の生活を支えるカギになっている。

かつて世界中に自動車をばらまき、いまだに燃費の悪い中古日本車が、ガソリンを食い
CO2をまき散らしている現実に、日本が欧州のようなモーダルシフト(公共交通機関転換)に
追いつく都市づくりを進めるのはいつのことだろう。

地方部で自家用車なしの生活は難しいが、エコで、クリーンで、安全な生活を標榜するためにも、
なるべく公共交通機関を使用するようにしている。


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