自然保護から環境保護―海洋編

Katzu

2015年10月28日 18:55



 戦後、国際捕鯨委員会の設立とともに、国際捕鯨取締条約が締結された。
商業捕鯨国と反捕鯨国との交渉が続く中、70年代クジラの個体数減少に
より、世界的な反捕鯨運動が起きた。
クジラは調査捕鯨で個体数の回復が確認された種別もあるが、
地球温暖化の進展とともに、海の生態系の頂点に立つクジラは再び
絶滅の危機に向かおうとしている。

イルカはIQが高く、アニマルセラピー、イルカショーなど
人間と接することの多い愛玩動物として認知されている。

 一方、動物園水族館協会による追い込み漁のイルカの取引禁止により、
閉塞的な環境の水族館のイルカショーは、苦しい立場に立たされている。
世界的な趨勢で予想されたことだが、個体数が維持され海の生態系と
自然が守られる方向で良かったと納得するには、釈然としないものがある。


          太地町立くじらの博物館

本来の趣旨と違う反捕鯨運動とイルカ愛護運動が一緒になった結果、
現在の世界的なクジラ・イルカの保護活動につながっている。

それを紐解くには、捕鯨の歴史、追い込み漁の方法、イルカとは、クジラとは、
そして、漁民との関係、漁業ビジネスの実態と現場を理解しなくてはならない。
クジラは貴重でイルカは可愛い、だけの理由では何の解決にもならない。




 食文化と宗教観の違いという議論は以前から行われてきた。
中国人は犬を食べ、ニュージーランドでは子羊を殺し、沖縄ではヤギをつぶす。
アメリカCBSの『アンダーザドーム』は高視聴率を誇ったテレビ番組だが、
冒頭に牛が透明なドームで切断されるショッキングなシーンがある。
これが犬・猫・クジラなら放送禁止になるかもしれない。
きっと、日本人の多くはこの牛が可哀そうだと感じることだろう。


         

以前、田舎で畜産業を営む知人は、
『今朝、家の牛が涙を流して市場に売られていった』
と、しばらくペットロス症候群のようになっていた。

漁民の立場でイルカを海岸で屠殺する理由は、隠れて陸に上げると
イルカが暴れ1度で絶命しないからかえって苦しむという慈悲による。
我々は命をいただくという仏教徒の意識が、心のどこかに流れている。

個体数は維持されているか、という本来の議論もなく、人間と共生し
互いに役立つ環境づくりをどうするか、という目標すら見えてこない。
イルカを喜ぶ人や障害に悩む人のため、イルカの果たす役割は未知数である。




 和歌山県太地町は、反捕鯨団体シーシェパードの器物破損事件や
妨害活動により、住民の生活にも悪い影響を及ぼしている。
映画で有名になったクジラ浜海水浴場には臨時の交番が設置され、
周囲に似合わず物々しい雰囲気であった。
県道沿いに街を歩くと、何度もパトカーが通り過ぎていく。
過重な警戒感が街の雰囲気を重く暗いものにしている。




 太地町立くじらの博物館は、クジラの生態と捕鯨文化を紹介するための
街にとっては重要な施設と位置づけることができる。



施設内には欧米で控えるようになったイルカショーのプールもあるが、
ゴンドウクジラのショーという世界的にも貴重な催しがある。
観客は、クジラとイルカの区分は頭の形の違いだと教えられる。
施設は海と直結し、広いエリアにプールが仕切られている。



イルカは大食漢で1日10kg以上の餌が必要で、食料の確保が大変である。
腹には異物がたまるために、直接口から人手で取り出さなければならない。
日々の管理の苦労は計り知れず、飼育員の努力あって維持されている。


         クジラの博物館詳細表示

 一方、イルカビジネスは少ない食の需要にこたえるためでなく、
海外を含めた水族館に転売する収入のためといわれる。
世界動物園水族館協会が、環境保護団体の圧力を受け、
産地の太地町を名指しで批判した理由はここにある。

では、今後どうすればいいのだろう。

1、祭事以外の追い込み漁を止める
 かつて漁期の前には祭事を行い安全と豊漁を祈願した歴史がある。
 最低、赤い血と屠殺場を見せることは常識的に避けるべきだ。

2、研究・医療目的以外のイルカの転売を止める。
 特定個体の移動は生態系を乱し、ワシントン条約の対象となるだろう。



3、クジラの博物館を発信基地とし、捕鯨を文化遺産か、記憶遺産として登録する。
 長い時間をかけても日本人とクジラの歴史文化を紹介し引き継ぐ。

4、イルカ漁は祭事に則り行い、地元漁民にのみ漁を認める。
 イヌイットのように生活の糧としての漁を続ける。





飽食の社会で、阿修羅のごとく食らうことを忘れた先進国の人間達は、
やがて野蛮なものとして見ていた食の重要性にいずれ気付くだろう。



 海洋水族館にはマリナリウムというイルカのトンネル水槽がある。
手を挙げると1匹のイルカが興味を持って、往来し何かを語りかけてくる。
仲間が来て何か鳴いてうなずいて、どこかにまた隠れる。
生物というよりETと会話するような不思議な感覚になり、
閉館間際まで一人イルカの会話を聞いていた。
もう少し居たら話の内容がわかる気がした。


これからの時代は、限られた地域の自然を保護し、貴重生物の個体を維持することが
ますます困難になり、生物多様性の海洋全体の環境維持を目指す方向に動いていく。




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