イグアス川の源流に近いクリチバ周辺は、標高1000m近い丘陵地にあり、アマゾンの密林ともサトウキビ畑とも違うコーヒー栽培に適したテラローシャの大地が広がる。
さらに西に向かうとやがて広大な牧草地に変わり、バスで10時間後にイグアスの国境地帯に着く。
ここは既に、アルゼンチンの広大なパンパのラプラタ流域の一部に属する。
イグアスの滝が自然地理の七不思議と言われる理由は、リオデジャネイロの岩山から続く標高1000m程度の海岸山脈から、大陸内部に行くに従い低くなり、標高200mの大地から一気に100m落下し、河口のブエノスアイレスまで0.006%の低勾配で1500kmを下り大西洋に達する。つまり、大陸の勾配差と滝の落差が同じという、生きた地球の営みがここに集約されているためである。
イグアスの滝を20km下ったイグアス川とプラナ川の合流地点は、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイの三国国境地点となる。この国境の街はそれぞれフォス・ド・イグアス、プエルト・イグアス、シウダー・デルエステと呼ばれ、それぞれの国境を橋で結んでいる。三国境の例に漏れず、かつては下流のウルグアイを含め南米の火薬庫と言われた紛争地であったが、現在、国境の緊張感は全く感じられない。滝により国境が移動することもなく、下流の合流地点は狭窄谷となり小さな貨物船が行きかっていた。
アルゼンチン側から 合流地点
ブラジル側のフォス・ド・イグアスは観光を主産業にする国際都市であるが、街中は無味乾燥で魅力と活気に乏しい。有色人種が少ない白人の多い土地柄であるためで、リズムのない街がブラジルらしさを打ち消していると思われた。
ホテルや店の警戒するそぶりに、偏見や差別さえ感じたが後日納得した。この街は青少年の殺人犯罪発生率はブラジル一で、特にパラグアイからの犯罪者や麻薬がらみの事件が多く、アルゼンチン側からは政治亡命者などの入国ルートとなっている。通り過ぎる観光客には知られず、世界の観光地と言えども国境地帯の都市はどこも危険度リスクが高い。
市内からバスで1時間、イグアス滝の公園に到着する。ブラジル側からは滝全体が見渡せる視点場があることと、遊歩道が整備され滝近くまで歩いて近づけることがポイントである。滝は横幅が2.7kmもあり、そのほとんどが『悪魔の喉笛』という亀裂に轟音とともに吸い込まれる。その様は、天下無比の壮観という言葉に尽きる。多くの人がブラジル観光の目玉として推薦するのも理解できたが、ほとんどの観光客は飛行機で来て2時間ほど見てせいぜい1泊して帰ってしまう。
翌日、バスでアルゼンチン側に入国する。
プエルト・イグアスはどこにでもあるアルゼンチンの田舎町で、街は静かでブラジル側よりのどかである。
イグアスの滝をじっくり見るには下流側のアルゼンチン側の方が良い。
観光列車もあり、遊歩道は5kmくらいあり半日はかかる。
滝の上は亜熱帯の樹林帯で、植生は沖縄のやんばるに似ている。
100m川底に降りると霧雨で寒く、植物も小さく日本本土の渓谷と同じくキノコやシダ類が多い。
国立公園内で目を引く珍しい動物は多く、サル、鳥類を始め、アライグマ科のハナグマが生息している。
興味深いのは、両国でその対応策と動物の性格が異なることである。
ブラジル側ではカフェテリアに来るハナグマは凶暴で、席に上がり食物を食べるので、追い返すためのマラカスが各席にあり、専門の人がモップで追い掛け回す。ハナグマの刺傷例も多く感染症もあり注意を呼びかけているが、公園内で何度も悲鳴を聞いた。
アルゼンチン側では客はエサを与え、アナグマもなぜかおとなしく感じる。
自然環境が変わらずとも、人間の環境が野生生物を変えること、たった200mとは言え国境を越えた人種の違いなど興味深い対比ができる。
イグアスの語源は先住民族のグァラニー語で『大いなる水』を意味する。降水量の多い1,2月は迫力がある一方泥の濁流となり、きっと洪水の災害現場を思い出すだろう。冬期は天気も安定し、流れ入る上流の川も澄み滝が白く輝く、この6,7月がベストシーズンであろう。
イグアス川は年々水位差が激しくなり、今年は少ない方だという。しかし、この渇水期でさえこの水量であり、上流のダムで排水制限が起きるような時は、アルゼンチンの穀倉地帯のパンパが干ばつの危機にある事態である。