震災のない南洋のパラダイス
「あーパラダイス、テニアン、サイパン、ロタ、パラオ」
金城実の唄う
南洋帰りという歌がある。
太平洋戦争が終わり南洋から帰還した人の歌であるが、
命からがら逃げた島がなぜパラダイスなのか、ずっと疑問だった。
ダイビング以外に有名でないパラオだが、
実際に住んでみてその歌の意味がわかった。
パラオ主島であるコロール島の防災計画を立てるために、
防災カルテを作成したことがある。
島の災害履歴を調べたが、この20年間に暴風が数回、土砂崩れが2か所、
マグニチュード5程度の地震が4度あっただけだった。
むしろ、一番の懸案事項は地球環境問題(海面上昇)であった。
パラオでの東北地方太平洋沖地震による津波は、わずか0.1mであった。
環太平洋の国々で観測されたなかでは最も低かった。
隣の国は日本も含めすべて地震国であるが、この2年間インドネシア、
フィリピン、サモアで起きた地震の時も、津波は観測されなかった。
なぜか。
それはこの島が自然の要塞であるためである。
日本帝国がこの島を南洋拠点としたのはその理由である。
コロール島は3つの自然の防御線に守られている。
一つ目は
サンゴ礁、次は
ロックアイランドと呼ばれる周囲の島々、
最後に
マングローブ(青色)の林である。
これは、環境を守る大切さを示す目的で用意したものだが、
この自然環境は防災計画の理にかなっている。
この3つの防御線は、そのまま津波防災の為の
防波堤、防潮堤、防潮林にあてはまる。
コロールの南のIwayama Bayは
パラオ松島と言われる。
今回の津波で被害の少なかった宮城松島の地形を見て、良く似ていると思った。
津波だけでなく、台風も米軍基地もなく気温27℃の常夏のパラオは、
やはりパラダイスだったのかもしれない。
島を去る前、直下型地震の可能性と、集落ごとの防災計画案を示してきたが、
今回の日本の被害を見て、今頃彼らはどう思っているだろう。
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